僕達に託されていること

今日、一日の中で2回ほど「ウルッ(涙)」となることがあった。

一つは、木の花にとっての聖地とされている「宮下広場(みやのしたひろば)」という場所があるんだけど、そこがこれまで、聖地と呼ばれている割に、これがとっても美しくない(笑)
薪にするための廃材が山と積まれていたり、使わなくなってボロボロになった炭焼小屋があったり、いろんな堆肥が積まれていたりして。

ところが、去年あたりになって、ようやく聖地であるからにはそれにふさわしい場として整備していこうという話が持ち上がった。
そこから徐々に整備したり、片づけたりしてきていて、今日前を通る時に横目に見たら、一昨日までなかなか片付けられず残り続けていた木ガラの山が一つ片付いてスッキリしていた。
それを見たときに、すんごく嬉しくなって、なんだか魂から嬉しくて、運転をしながら涙が「ウルルン」となった(笑)

そしてもう一つは、来週末に迫ってきた「富士浅間 木の花祭り」で、今年から新たに加わる演目である、「金神様」の面を、メンバーの「りょうちん」が手を入れながら魂を吹き込む作業を連日してくれている。その面の作業もいよいよ大詰めになってきて、随分仕上がって来たのを見て、これまた魂が喜んで「ウルルン」となった。

完成間近の「金神様」の面

完成間近の「金神様」の面

制作担当者の「りょうちん(ひだり)」とオイラ(右)

制作担当者の「りょうちん(ひだり)」とオイラ(右)

なんでそうやって今日2度もウルルンとなったのかと思い返した。
ただどこかが綺麗になって片付いたのを見ても、気持ちいいし嬉しさはあるけど、涙がこみ上げてくることなんて普通は無い。
同じように、誰かが何かを制作する工程で、いい仕事をしてくれているのをみても、涙が出るようなことは無い。

じゃあなんで今日は「ウルッ」ってなったんかな?と思うと、それって「神様がお入りになる、また、降りてこられる場を整え、受け皿を準備出来ているということ」を感じて、その有り難さを感じ、魂から嬉しくなったから涙が出たんやってことに気がついた。

宮下広場が、片付いて、セレモニーをするにふさわしい場へと一歩一歩近づいて、神様がおいでなさる場へと整っていくのを感じたとき。
祭りで、一番の主役となる「金神様」が降りて来られる器となる面が仕上がって来たとき。
どちらも、僕たちがこうして日々やっていることは、一言で言うと、「聖地造営」の役割を担わせていただいているってこと。
神様が降りてくる受け皿を、用意させていただいているということ。

「あぁ……、これが僕たちに託された役割としての最たるもの、そのものなんやな」って思った。
そしてそれは、先に書いたような、目に見える形あるものとしての「聖地造営」もあれば、目に見えない形なき「聖地造成」もある。
それは、僕たち一人一人が、神様の降りてきて頂ける器へとなるべく、自らの心・内面を見つめて、罪や穢れを祓い清めていくということ。

そう、これこそが僕たちに託されていることそのもの。
この世界に降りてくる前に、天と約束してきた役割。
それをちゃんと担えてるなって感じられたとき、言葉では表現のし難い喜びに包まれる。

そしてさらに今日はもう一つ、木の花祭りに関することでドラマがあった。
祭り当日、道路端にノボリを立てるんだけど、その文字を、例のごとく「まっちゃん」に今日書いてもらった。

朝から、そのまっちゃんに意識圧を注入するべく、15人ぐらいが集まって円陣組んでから取り掛かってもらった。
午前いっぱい、試行錯誤しながらいっぱいいっぱい書いてくれた。
しかしそれをみても、「これやっ!!」っていう書がなかった。そこにはまっちゃんの迷いがみてとれて、まっちゃんという人が書いていた。

なかなかいい字が書けず、いっぱい書きまくった。 実際はこれの倍以上を書いた笑

なかなかいい字が書けず、いっぱい書きまくった。
実際はこれの倍以上を書いた笑

それで、自意識を無くして、天が降ろしてくるのを感じて、一気に書いてということで再度トライを促した。
出来たものは、多少良くなったけど、それでもまだもうひと押しということで、今度はみんながいる前で書いてもらおうということになった。
それで笛隊のあやちゃんも呼んできて、笛で祭りの音を鳴らしながら、まわりで囃子声をみんなで唄った。

いい字が降りてくる場を創るために、まわりで笛を吹いたり、唄を歌ったりするメンバー達

いい字が降りてくる場を創るために、まわりで笛を吹いたり、唄を歌ったりするメンバー達

みんなのエネルギーを感じながら、祭りの愉しさを思い浮かべながら、みんなの見守る中で一枚書いて、かなり良くなった。
しかしあとちょっとのところで字が紙からはみ出たりして、再度トライになった。とその時、その2枚で紙が全部無くなった。
業者への入稿期限は今日の午後4時がタイムリミット。
紙を買いに行っている時間は無い。
最後のトライだった。

再び部屋に響く笛の音と唄い・・・・・・・・・・。

「ノボリ」を書くために、気持ちを集中する「まっちゃん」 正に祈る気持ち

「ノボリ」を書くために、気持ちを集中する「まっちゃん」
正に祈る気持ち

神業だった。
書き出しの「マルチョン」から魂が入っていた。
それだけを見て、最後の一枚やけど、「これはいける!!」って思った。

皆が見守る中、最後の一枚に筆が走ります

皆が見守る中、最後の一枚に筆が走ります

そうして仕上がった書は・・・・・・

皆で作った意識の場から出た、入魂の一枚

皆で作った意識の場から出た、入魂の一枚

文句なしにそれまでで最高のものが現れた。
書いたまっちゃんも「こんな字、自分からは絶対出てこないよ(笑)」
「音楽が鳴る中で、みんなに見守られて書を書くなんて初めてのことだった。でもこんな感覚で書いたのは初めてで、自分で書いた感じじゃない!」って言った。

書き終わって、思わず書に平伏してたもんね(笑

最後まで書き終えて、自然と文字に向かってひれ伏すまっちゃん

最後まで書き終えて、自然と文字に向かってひれ伏すまっちゃん

正に「アマウツシ」。天の道具となりて天意を降ろす。
木の花祭りで表現しようとするそのものが、このノボリの書を作るときにも現れた。

そんなこんなで、一歩一歩、確実に各工程において、魂がそこに入りながら祭り準備は着々と積み重なっていっているのを感じる。
とても力強く、とても気が引き締まる思いだ。

この「木の花祭り」そのものもまた、「聖地造営」の一つに他ならない。
こうして、僕たちは日々、天より与えられし役割を担うがため、世にも稀なる生き方をしている(笑)
でもこれが、ただただ尊くて、ただただ勿体無い気持ちでいっぱい。
あまりも有難い役割であり生き方やなって。

それをまた一つ感じた今日この頃で、久しぶりにBLOGに書きたくなったので書きました。
どうもありがとう。

そして、「富士浅間 木の花祭り」、沢山の方々のご来場をお待ち申し上げております!

最後に、去年の木の花祭りを約1時間にまとめたダイジェスト版映像を紹介いたします。

でわ^^v

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