「神性」を顕す

 

この世界の全ては、「創造主」の意思がはたらき、生み出され、存在が存在としてそこにある。

ゆえに、存在する万物の中に、創造主の意思・別御霊(わけみたま)が息づいている。

それは私達一人ひとりの中に必ずあり、僕の中にも当然ある。

今日の日中、作業をしていて、ふとこんな想いが湧いてきた。「自分の中にある神性を、表現してあげたい」と。

神性とは一体何ぞや!?と自らに問いかけたとき出てきたのは「真・善・美・愛」。自らの中にあるそういった、美しく尊いものを、今の段階ではまだまだ出せてあげられていないような感覚があって、それを自分にマッチした表現により顕していくことが出来たら、さらに内にある神性が、拡がり・伸びていくんじゃないかっていう想いも、漠然とではあるけど、同時に湧いてきた。

そうやって、万物が自らの中の神性を、個性豊かに顕していくことが出来たなら、この世界は、とてもオリジナルな音を響かせながら、しかしそれでいて、全体としては絶妙のハーモニーを奏でるという場が出来上がっていくんだろう。

そう想い、だったら僕という存在が、神性を顕すとしたら、具体的に何をしていくだろう?何がはまるだろう?と考えたときに出てきたことがある。それは「神主」と「茶道」、それから楽器になるんだけど「ディジュリジュ」を奏でることによって、というのが出てきた。

「神主」は、元々生まれ育った環境が「神道」の家だったことから、自ら進んで小さい頃よりかなり繰り返し練習と実践を積んできた歴史があり、今でも時々それを活かした役割を与えてもらうこともある。これは他の人にはなかなか無いけど、僕にとっては至極自然で、自らの表現としてシッポリはまるものだと思う。

「茶道」に関しては、神主と比べると全く見劣りするけど、これも小さい頃少しだけ作法・形だけだったけど触れた時期がある。それから随分してから自らの中で茶道に対し惹かれるものが芽生えた。それこそ正に茶道の中に「真・善・美・愛」というものを見出したような気がしたから。特に今現在僕が暮らす「木の花ファミリー」で生産している、無農薬のお茶と、無農薬の食材による手作り和菓子で、ファミリーメンバーや国内外から来られるお客さまにお茶を振舞うことができたのなら、これほど豊かで喜ばれるものも他になかなかないんじゃないかとさえ思う(笑

そして「ディジュリジュ」。これは初めてその音色を聞いたとき、その瞬間、全身の血肉が沸き立つというか、全身電気が走って震えるような感覚を体験した。そのとき瞬時に湧いてきた想いが「これは、地球や他の星々が宇宙を運行するときに奏でる、宇宙の鼓動・大地の鼓動そのものの音だ!!」って思い、「いつか必ずこれだけはやりたい楽器」として僕の中で位置づけられたもの。その想いは未だに僕の中にあって、やはりあの音だけは何かスペシャルな響きをもって僕の中に存在し続けている。

ということで、今日3つほど出てきた表現方法を書いてみたけど、結局はひとりひとりにマッチした方法で、「全ての存在の中にある神性を顕し、そのことでさらにそれを磨いていきたい」と想った次第です。そしてそれが具現化した道の先には、万物が光り輝きその命を全うする、まさに「真実で満ち、善に溢れ、美に包まれた、愛ある世界」が待っているのでしょう。

あなたならどんな表現方法になりますか。そしていつの日か、あなたが奏でる神性に触れてみたいと思うHIROッチでした。

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木の花ファミリーです。
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